経済学ではお金の価値は常に同じですが、実際に人がお金を扱う時には、状況によって価値の感じ方が変わり、判断や使い方に影響を与える傾向があります。
このような心理作用の理論を、行動経済学ではメンタルアカウンティング(心の会計)と言います。
例えば、100万円が入っている財布から取り出す1万円と、2万円が入っている財布から取り出す1万円は感じる価値が変わります。
どちらも同じ1万円ですが、かたや財布の中の1%で、かたや50%ですから、大切に感じる度合いが変わり、使い方にも影響を与えるようになります。
このメンタルアカウンティングを知れば、無駄遣いや衝動買いをなくすこと、また、投資で損をしない心理を手に入れることができます。さらに、マーケティングに応用すれば、商品を買ってもらいやすくすることができます。
この記事では、
- メンタルアカウンティングとは何か?
- 無駄遣いをなくす方法
- 投資で損をしない方法
について解説します。
お金を扱う時の心理を知って、あなたの経済活動に役立ててください。
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メンタルアカウンティング(心の会計)とは?
メンタルアカウンティング(Mental accounting)とは、人はお金を手に入れた時や使う時、どのような名目のお金なのかを無意識に色分けして、勘定項目に応じた使い方をすることを示唆した理論のことです。
1985年にアメリカの経済学者リチャード・セイラー(Richard H. Thaler)氏の論文によって提唱された概念で、日本語では「心の会計」や「心の家計簿」と訳されます。
アカウント(Account)は英語で「預金口座」という意味もありますので、個人的には「心の預金口座」と訳しても、わかりやすいような気がします。
つまり、人はお金を手にした時には、心の中で名目ごとに預金口座を開設して、カテゴリー分けをするんですね。お金を使う時には、心の中で名目ごとの預金口座を新たに開設して、その口座から使おうとする傾向があるということです。
ちょっとわかりにくいと思いますので、お金を手に入れた時と使う時の例えから、メンタルアカウンティングの特徴を解説していきます。
メンタルアカウンティングの特徴をざっくりまとめると、次のとおりです。
- お金の入手方法の違いで価値の感覚が変わる
- 総合的ではなく、使い道ごとに損得の感覚を持つ
- 使い道の名目が違うと価値の感覚が変わる
お金を手に入れた時のメンタルアカウンティングの例え
人はお金の入手方法が違うだけで、価値の感覚が変わる傾向があります。
例えば、一生懸命働いて手に入れた10万円は、大切に使おうとする傾向があります。一方で、ギャンブルなどで簡単に手に入れた10万円は、一気にパーッと使おうとする傾向があります。
あなたも同じような経験があるのではないでしょうか?
この心理は、苦労して手に入れたお金は、心の中で『大切に使う口座』として扱い、簡単に手に入れたお金は『散財に使ってもよい口座』として扱う傾向があるからです。
どちらも同じ10万円なのに、入手方法が違うだけで使い方が変わってしまうんですね。
散財はハウスマネー効果による
不労所得や幸運によって得たお金を荒っぽく使ってしまう心理作用は、ハウスマネー効果と言います。「ハウスマネー」とは、カジノの中で使うお金のことです。
通常は、労働などで苦労して手に入れたお金を使う時には、出費の痛みを感じます。
ですが、簡単に手に入れたお金には「苦労」のイメージが伴わないので、使うことに痛みを感じにくく、パーッと使ってしまいやすいんですね。
お金を使う時のメンタルアカウンティングの例え
人がお金を使う時には、総合的ではなく、使い道ごとに損得の感覚を持つ傾向があります。
例えば、次のような経験をしたことはないですか?
買い物に出かけてコートを買おうとした時に、3万円と5万円の価格で悩んだあげく、5万円のコートを買ったとします。
その帰り道にケーキを買おうと思った際には、「今日はお金をいっぱい使っちゃったから節約しよう・・・」と、1000円ではなく500円のケーキに変更するようなことです。
経済学的には、500円を節約したところで、2万円の予算オーバーを補てんしたことにはなりません。それでも節約した気分になれるのは、心の中で『コート代口座』と『ケーキ代口座』は個別に開設されて、『ケーキ代口座』からの支出を節約したからです。
このように、人がお金を使う時には、総合的な口座ではなく、個別に開設した口座ごとに損得を考える傾向があるんですね。
どんな名目かで損得の感覚も変わる
また、お金を使う時には、どんな名目の口座を開設するのかで価値の感覚が変わる傾向があります。
例えば、普段は1000円のコーヒーを高いと感じたとしても、旅行先のホテルで飲む1000円のコーヒーはなにも感じないようなケースです。
これは普段のコーヒー代は『飲食費の口座』として考え、旅行中に使うお金は『娯楽費の口座』として考えるからです。使い道の名目が変わるだけで、価値の感覚が変わるんですね。
これがお金の合理的な判断ができない、メンタルアカウンティングです。
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メンタルアカウンティングと密接な関係のサンクコスト効果
“心の罠” とも呼べるメンタルアカウンティングは、サンクコスト効果(コンコルド効果)と密接な関係があります。
サンクコスト効果とは、ある行動や判断に伴ったコスト(お金・時間・労力)が頭から離れず、その後の行動や判断に影響を与える心理作用のことです。
簡単に言えば、「元を取りたい」「もったいない」と感じる心理です。
つまりメンタルアカウンティングは、「もったいない」という気持ちが生まれることで、お金を使う時に合理的な判断ができなくなる傾向があるんですね。
メンタルアカウンティングとサンクコスト効果が密接な関係であることがよくわかる、シナリオ例題があります。
メンタルアカウンティングのシナリオ例題
行動経済学者ダニエル・カーネマン氏とエイモス・トヴェルスキー氏が1981年に発表したシナリオ例題は、次のとおりです。(わかりやすくするために少しアレンジしています)
シナリオA:劇場の入り口で1万円の当日券を買おうとしたら、コートのポケットに入れていた1万円を失くしていることに気づいた。
財布にはまだお金があるが、チケットを買うか?
シナリオB:1万円の前売り券をすでに買っていたが、劇場の入り口でチケットを失くしていることに気づいた。
当日券も1万円で買えるが、もう一度チケットを買うか?
どちらのシナリオも、トータルで考えれば払う金額は一緒です。ですが、答えは次のような違いが生まれました。
シナリオAでは、チケットを買うと答えた人は88%でした。もう一方のシナリオBでは、チケットをもう一度買うと答えた人は46%でした。
この違いは、どの『口座』からお金を使うかを気にすることで生まれます。
『チケット代口座』から払っていると「もったいない」と感じやすい
劇場のチケット代を払う決意をした時、人は心の中で『チケット代口座』(メンタルアカウンティング)を開設し、その口座からお金を引き出します。
シナリオBでは、すでに『チケット代口座』からお金を払っています。ですので、もう一度チケットを買うことはチケット代を2倍払うことになり、「もったいない・・・」と感じやすくなるんですね。
『チケット代口座』から払っていないと「もったいない」と感じにくい
シナリオAでは、心の中の『チケット代口座』からは、まだお金は引き出されていませんでした。失くしてしまった1万円は、『自由に使ってもよい口座』の中のお金だと感じたんですね。
ですので、チケットを買うことは『チケット代口座』から初めてお金を引き出すことになり、「もったいない」とは感じにくかったんですね。
演劇を楽しむことが目的なのであれば、たとえチケットをなくしてしまったとしても、サンクコスト(戻らないお金)を気にせずに、もう一度お金を払えば良いということです。
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無駄遣いをしてしまうメンタルアカウンティングの心理
無駄遣いをなくしたいと考えたなら、無駄遣いをしてしまう心理を知っておくことが大切です。
無駄遣いは、個別にメンタルアカウンティング(心の預金口座)を開くことで生まれます。
例えば、あなたは冬用の黒いコートが欲しくて洋服屋さんに入ったとします。購入を決意した時、心の中では『コート代口座』が開設され、予算が確保されます。
ただし、『コート代口座』が開設されたことで、関連する『洋服代口座』も同時に開設されやすくなります。なぜなら、人は欲求に関連するモノに触れることで、欲求が膨れ上がるからです。
欲しいモノが決まっていたはずなのに、店内でいろいろと物色したあげく、結局、違うモノを買ってしまったことはありませんか?
例えば、黒いコートを探していたはずなのに、茶色のニットだけを買ってしまうようなことです。この場合、あなたは黒いコートを買わないでいられるでしょうか?
数日後には、あらためてコートを求めてウインドウショッピングをするかもしれませんよね。本来はコートだけを買うはずだったのに、ニットまで余計に買ってしまったことになります。
このような無駄遣いをしてしまうのは、ニットのお金は『洋服代口座』から払ったと考えるからです。さらに、すでに予算を確保した『コート代口座』からはまだお金を払っていませんので、本来のコートが欲しい欲求を満たそうとしてしまうわけです。
個別のメンタルアカウンティングを開設することで、無駄遣いをしてしまうんですね。
無駄遣いをなくす9つの方法
無駄遣いをしないためには、次のような方法を考えることができます。
- できるだけメンタルアカウンティングを開設しない
- 財布にはあまり現金を入れない
- キャッシュレスを避ける
- クーポンやバーゲンに気をつける
- 必要なモノ以外は目に触れないようにする
- 最初に見る価格に惑わされないようにする
- 高額に潜む少額に気をつける
- お金を手に入れた時は口座を分ける
- 臨時収入は貯蓄用の口座に入れる
1. できるだけメンタルアカウンティングを開設しない
無駄遣いをしないためには、買い物のたびに新たなメンタルアカウンティングを開設しないように心がけます。
例えば、コートを買いたいと思った場合は、心の中に『コート代口座』を新たに開設せず、『自由に使ってよい口座』の中からお金を払うことを考えるようにします。
2. 財布にはあまり現金を入れない
そもそも『自由に使ってよい口座』の中にあるお金が少なければ、無駄遣いは減らせます。
なぜなら、100万円が入った財布と2万円が入った財布とでは、失うお金の感じ方が変わるからですね。
ですので財布には、あまり現金を入れないようにしておきます。そうすれば、出費の痛みを感じやすくなり、無駄遣いを減らすことに役立ちます。
3. キャッシュレスを避ける
また、買い物をする際には、クレジットカードはできるだけ使わないようにします。
なぜなら、クレジットカードなどのキャッシュレスは、出費に伴う痛みを感じにくく、無駄遣いをしやすくするからです。
マサチューセッツ工科大学の実験によると、クレジットカードでの買い物は、現金で支払うよりも2倍ほど支出が大きくなると発表しています。
現金を扱っていれば出費の痛みは感じやすくなりますので、できるだけ現金で買い物をすることが無駄遣いを減らすことに役立つんですね。
4. クーポンやバーゲンに気をつける
クーポンやバーゲンを利用する時には、いつも以上にお金を使ってしまう可能性があるので注意が必要です。
クーポンやバーゲンは、「いつもよりも簡単に商品を手に入れられる」という心理が働き、ある種のハウスマネー効果に陥りやすくなるからです。
ニューヨーク大学で行われた研究では、クーポンを使った人と使わない人では、使った人の方が出費が増えると発表しています。
クーポンを使って安く購入すると、浮いたお金を他の無駄遣いに使ってしまう傾向があるんですね。ですので、クーポンやバーゲンを利用する時には、元の価格を考えないことが大切です。
5. 必要なモノ以外は目に触れないようにする
お店で買い物をする時には、店内を見て回らないことも重要です。いろいろと見て回ると、欲求が膨れ上がるからですね。
Webサイトでショッピングをする際にも、あれこれと関連商品のページは見ないことが大切です。
さらに、買い物を決意した後は、テンション・リダクション効果によって財布の紐が緩む瞬間でもあります。ですので、目的の買い物をした後は、関連商品には触れないことも無駄遣いを減らすコツになります。
6. 最初に見る価格に惑わされないようにする
人は最初に見る価格を基準にして判断してしまう傾向があります。ですので、最初に見る価格に惑わされて「お得」というメンタルアカウンティングを開設しないように気をつけることが大切です。
例えば、100円ショップに500円の商品があれば高いと感じますよね。ですが、1000円の商品ばかりが置いてあるお店だと、500円の商品は安いと感じてしまいます。
また、「80%オフ開催中!」という触れ込みに誘われて入ったお店が、実はほとんどの商品が10〜20%オフの場合でも、「80%オフ」のイメージを引きずって買い物をしてしまう可能性があります。
最初に見た価格のイメージに引っ張られずに、商品単体で判断することが大切です。
7. 高額に潜む少額に気をつける
先ほどの項目と少し似ていますが、高額に潜む少額に気をつけることが無駄遣いをしないコツになります。
なぜなら、人は扱う金額が大きくなるほど、損得の感覚が麻痺していくからです。このような心理傾向は、行動経済学のプロスペクト理論では「感応度逓減性」と呼びます。
例えば、30万5000円と30万円のパソコンでは、そんなに価格差がないように感じてしまいます。
5000円も違えば他に使い道がいろいろとあるはずなのに、心の中にメンタルアカウンティングの『パソコン代口座』を開設したことで、パソコン代としてはわずかな誤差の範囲に感じてしまうんですね。(5000円は30万円の約1.7%)
また、30万円のような大きな買い物をした時には、追加で払う5000円の保証や、3000円の付属品などは安く感じてしまう傾向があります。
無駄遣いをしないためには、高額の中に潜む少額は切り離して考える必要があるんですね。
8. お金を手に入れた時は口座を分ける
お金を手に入れた時には、次のような銀行口座を用意しておくと、無駄遣いを減らすことに役立ちます。
- 貯蓄用の口座
- 必要経費用の口座
- 自由に使ってよい口座
給料などのまとまったお金を手に入れた時には、いくつかの口座に必要分を分けて、余った分を『自由に使ってよい口座』に入れると、無駄遣いできる上限金額を減らすことができます。
さらに、「食費用」「レジャー費用」など、目的別の財布を用意するのも良いですね。
9. 臨時収入は貯蓄用の口座に入れる
苦労せずに手に入れた臨時収入は、ハウスマネー効果によって散財しやすい傾向があります。
ですので、まずは貯蓄用の口座に入れることで無駄遣いを防げます。
臨時収入を使いたい場合は、一ヶ月ほど待ってから『自由に使ってよい口座』に移動させた方が良いかもしれません。30日ほど期間が開けば、手に入れた時の “あぶく銭” の感覚がなくなるからです。
この30日という目安は、新しい記憶が長期記憶へ移行するまでの保存期間です。
30日の間に何度も思い出せば記憶は強化されますが、30日間 “あぶく銭” に触れなければ、「散財に使ってよい」という感覚を失いやすくできるんですね。
投資で損をしないためには
投資で損をしないためには、無駄遣いをなくす方法と同じように、メンタルアカウンティングを個別に開設しないことが大切です。
入手方法のキャピタルゲイン(値上がり益)とインカムゲイン(分配金・配当金)は別々の『口座』として考えず、トータルでの損得を考えるようにします。
なぜなら、インカムゲインで得たお金は簡単に手に入った感覚になり、ついつい生活に潤いをもたらすために気軽に使ってしまう傾向があるからですね。
トータルで考えれば、定期的にもらえる配当金や分配金は新たな資金になります。そのお金を投資に回せば、さらに増やせる可能性があるわけです。
ですので、分配金を多く出すことをセールスポイントにした投資信託は、「すぐに使えるからお得!」と思ってしまいやすいので注意が必要かもしません。
まとめ
行動経済学のメンタルアカウンティング(心の会計)とは、同じ金額でも、どんな方法で入手したのか? 何のために使うのか? によって、価値の感覚が変わる心理作用のことです。
経済学ではお金の価値は絶対的に同じものですが、実際に人がお金を扱うときにはお金の価値は相対的に変動するものなんですね。
メンタルアカウンティングには、次のような特徴があります。
- お金の入手方法の違いで価値の感覚が変わる
- 総合的ではなく、使い道ごとに損得の感覚を持つ
- 使い道の名目が違うと価値の感覚が変わる
メンタルアカウンティングに囚われて不合理な判断をしないためには、買い物のたびに心の中で新たな『口座』を開設せずに、トータルで考えるようにしてみてください。
次の記事では、マーケティングに応用するメンタルアカウンティングを解説しています。
Next⇒「メンタルアカウンティングを逆利用して脳にセールスする8つの方法」
参考:
クーポンを使って物を買うと下手な買い物、お金をもっとうまく使おう
人はこうしてみすみす損をする―面白いほどよくわかる「マネー心理」の摩訶不思議 (KAWADE夢新書)
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