お医者さんから「痛みが消えますよ」と言われて渡された薬(偽薬)を飲んで、実際に痛みが消える現象のことを、プラシーボ効果(プラセボ効果)と言います。
簡単に言えば、「思い込み」が作用する心理現象です。この「思い込み」の心理効果は、医学以外にも目標達成やブランディングでは重要な役割を果たします。
この記事では、
- プラシーボ効果とは何か?
- プラシーボ効果のメカニズム
- 目標達成やブランディングで大切な理由
について解説します。
プラシーボ効果を正しく理解して、あなたの人生を思いどおりに進めるために役立ててください。
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思い込みが働くプラシーボ効果(偽薬効果)とは
プラシーボ効果(Placebo effect)とは、本来は薬として効力のない成分の偽薬を投与したにもかかわらず、病気が回復したり症状が和らいだりする現象のことです。「偽薬効果」とも呼ばれます。
プラシーボ効果は医療用語として使われますが、一般的にも馴染みのある心理作用です。
例えば、転んで泣き出した小さな子どもに「痛いの痛いの、飛んでいけ〜!」とおまじないをかけると、泣きやむ子どもがいますよね。あのおまじないも、一種のプラシーボ効果です。
プラシーボ効果を広めたヘンリー・ビーチャー氏
現在プラシーボ効果と呼ばれる現象は、古くからおまじないや呪術のたぐいとして知られ、多くの人が研究をしてきました。
その中でも、プラシーボ効果に対する見方を大きく変えたのが、1955年にアメリカの麻酔学教授ヘンリー・ビーチャー(Henry K. Beecher)氏が発表した論文『The Powerful Placebo(強力なプラシーボ)』です。
論文では、10を超える種類の薬剤に関してプラシーボ(偽薬)を投与した患者のうち、約三分の一に症状の改善が見られたと報告されています。
従来の医学では荒唐無稽の迷信のように扱われていたプラシーボ効果の存在が、ビーチャー氏の正統な科学研究によって証明されたんですね。
ビーチャー氏の実験は客観性が欠けていた?
ただし、ビーチャー氏が行った実験には、客観性が欠けていたとの指摘がありました。
実験を行った被験者の半数近くがビーチャー氏の患者であったことや、実験の際に自然治癒の可能性を考慮していなかった点などです。
それでもこの論文をきっかけに、ある薬が本当に効果があるのかどうかを調べるためには、薬や治療法などの性質を、医師にも患者にも知らせずに行う「二重盲検法」が当たり前に使われるようになりました。
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元々のプラシーボの意味は医学とは無関係
日本では「偽薬」と訳される「プラシーボ」は、元々は医学とは無関係の言葉です。
英語読みの「プラシーボ:Placebo」の語源は、『生ける者の地で私は主を喜ばせる(I will please the Lord in the land of the living)』を意味するラテン語の「プラケーボー」に由来します。
元々は、旧約聖書に登場する祈りの儀式を指す言葉で、死者の平安を祈る晩課(日没後に行われる礼拝)のことでした。
中世になると「プラシーボ:Placebo」は、葬式の際に棺の前で悲しんでみせる商売をする「泣き屋」のことを指すようになり、「媚びへつらう」といった意味が含まれるようになります。
医学界ではプラセボ効果が一般的
その後、1784年にフランスで行われた、メスメリズムという怪しげな治療法を医師たちが調査したことをきっかけに、医学の辞書に「プラシーボ:Placebo」は『治療が難しい病気にかかった患者を喜ばせて、苦しみを和らげること』として定義されます。
「プラシーボ:Placebo」は、フランス読みでは「プラセボ」と読むことから、医学界ではプラセボ効果と呼ぶことが一般的となっています。
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プラシーボ効果とは逆のノーシーボ効果
「副作用があるかもしれない」と思い込むことで副作用が現れる現象は、プラスに作用するプラシーボ効果とは逆の意味として、ノーシーボ効果(Nocebo effect)と言います。『害する』を意味するラテン語が語源です。
例えば、お医者さんから「副作用として吐き気がする場合があります」と言われて渡された薬(偽薬)を服用して、実際に吐き気が出てくる現象です。
ある研究では、被験者に痛み止めであるアスピリンを服用してもらう際に「副作用があるかもしれない」と告げた場合は、副作用について触れなかった場合と比べて、胃腸の調子が悪くなったと訴える人数が6倍に増えたという事例があります。
小さな頃、学校へ行くのがイヤで「体がしんどい・・・」と仮病を使ったら、なんだか本当に体調が悪くなったという経験はありませんか?
それは、思い込みによるノーシーボ効果だったのかもしれません。
プラシーボ効果 の実験例
プラシーボ効果が「効いたかも」という思い込みだけなのか、実際に体への変化があるのかを調べた実験があります。
1978年にアメリカで行われた歯科手術の実験では、「これは鎮痛剤です」と告げてからプラシーボ(生理食塩水)を投与すると、多くの患者に鎮痛効果がありました。
「この薬を飲めば痛みが和らぐはず」という期待を抱けば、本物の鎮痛剤を飲まなくても、オピオイドというモルヒネのような効果をもたらす物質が分泌される人がいることが分かりました。
その1時間後、さらに『薬』と称して、鎮痛剤の効果をなくすナロキソンを投与した場合には、痛みを訴える患者が多くなりました。これは、鎮痛剤を飲んでもいないのに “鎮痛剤をなくす薬が効いた” ということです。
プラシーボ効果は『心理的な変化』だけではなく、本人の自覚しないところで、実際に体への『物理的な変化』が起こるんですね。
プラシーボ効果のメカニズム
「この薬が効くはず」と思い込むからこそ体が反応するなら理解しやすいのですが、プラシーボ効果が興味深いのは、偽薬だとわかっていても効果があることです。
2016年に発表された論文によると、3ヶ月以上の腰痛がある患者97人を対象に行われた調査で、プラシーボだとわかっていても治療効果があったと報告されています。
全患者にはプラシーボ効果の説明を15分ほどした後で、グループを2つに分けて治療が行われました。
- Aグループ:プラシーボを与えずに従来の治療法を受ける
- Bグループ:プラシーボだとわかる薬(容器に「偽薬」と記載)と一緒に通常の治療法を受ける
3週間後、プラシーボなしのAグループは、通常の痛みが9%軽減し、痛みの最大値は16%の軽減が報告されました。一方のプラシーボありのBグループは、通常と最大値のどちらも30%の軽減が報告されたのでした。
プラシーボ効果はなぜ起こる?
この論文の研究者によると、プラシーボ効果は必ずしも患者が抱く『期待』によって起こるのではなく、『医者と患者という関係性』によって生じるものとしています。
医者とのコミュニケーションや、プラシーボを飲む行為が医療的な『シンボル』となって、体がそのシンボルに反応している可能性があると考察しています。
つまり、自分が信じる権威と触れ合うことが、脳への影響力を大きくする可能性があるということです。
まさに「信じる者は救われる」ですね。
思い込みが変化を与える事例
思い込みが死亡にまで至った事例があります。
2005年の科学誌に発表された論文では、医師の診断の間違いで余命数ヶ月の「末期の肝臓ガン」と宣告された患者が、余命をまっというすることなく死亡した事例が紹介されてます。
実際にはガンではなかったにもかかわらず、「自分はガンで死ぬ」と信じ込んでしまったために、告知後にはみるみる体力を失い、死亡してしまったといいます。
思い込みで攻撃性が増えた事例
従来、男性ホルモンには「攻撃性」があるという思い込みがありました。男性女性を問わず、犯罪者の男性ホルモン量を計測すると、大変高い値を示したという結果があったからです。
ですが実際は、男性ホルモンは攻撃性ではなく「社会性を発揮する」ことが、プラシーボの実験によってわかった事例があります。
2010年にドイツとロンドンの大学研究グループが行った実験では、120人の女性被験者を対象に、次の4つにグループを分けて実験を行いました。
- A:「男性ホルモンを投与する」と告げて、男性ホルモンを投与する
- B:「男性ホルモンを投与する」と告げて、プラシーボを投与する
- C:「プラシーボを投与する」と告げて、男性ホルモンを投与する
- D:「プラシーボを投与する」と告げて、プラシーボを投与する
投与から4時間後、被験者同士でお金の取り分を交渉するゲームをしてもらいました。
男性ホルモンの投与で公平になった
その結果、男性ホルモンを投与されたA・Cグループは、プラシーボを投与されたB・Dグループよりも正当で公平な交渉をして、さらに断られるリスクを最小限に抑えるような傾向が見られました。
一方で、「男性ホルモンを投与する」と告げられてプラシーボを投与されたBグループは、実際に男性ホルモンを投与されたAグループよりも攻撃的な交渉を行いました。「男性ホルモンは攻撃性が増す」という思い込みが作用した結果ですね。
思い込みによるプラシーボ効果は必ず起こる?
プラシーボ効果が起こる割合は、「場合による」としか言えないようです。
ある種の病気には効いても、別の病気には全く効かないこともあります。注射か、錠剤か、塗り薬かの違いによっても効果は異なります。
薬の色の違いや、名前の違いによって効果が変わることもあります。また、アメリカで投与するのか、フランス、ドイツ、ブラジルで投与するのかによっても異なります。
ようするにプラシーボ効果とは、思い込みによる影響が大きいんですね。
こちらのサイトでは、プラシーボ効果の様々な事例が紹介されています。面白いので興味があれば読んでみてください。
思い込みで生まれるその他の心理効果
思い込みが影響を与える心理効果は、プラシーボ効果の他にいくつもあります。
「期待される」ことが影響するピグマリオン効果
ピグマリオン効果とは、ある人物に対して期待をすることで、その人物が期待どおりに向上する心理作用を言います。
ギリシャ神話に登場する、自分の作った彫刻に恋をした「ピグマリオン」が由来です。教師が期待することで学習者の成績が向上したことから、日本語では「教師期待効果」とも呼ばれます。
「君は優れた才能を持っているんだよ」と特別扱いをされることで、「その期待に報いたい」という気持ちから暗示にかかるとされています。
「ピグマリオン効果とは逆」のゴーレム効果
ゴーレム効果とは、ある人物に対して期待をかけないことで、その人物が期待どおりに向上できない心理作用を言います。
ユダヤの伝説にある、意思のない泥人形「ゴーレム」に由来します。
例えば、上司が部下に対して、「お前は物覚えが悪くて、出来の悪いやつだな」とグチを言っていると、部下は本当にそのとおりの人物になってしまう可能性があります。
「見られている」が影響するホーソン効果
ホーソン効果とは、他人から「見られている」と意識することで、行動や結果に影響を与える心理作用を言います。
アメリカのホーソン工場で、労働者の作業効率向上のための調査で発見されたことから、この名前がつきました。
例えば、一人で仕事をしていたらサボってしまう場合でも、周りに誰かがいることでサボりにくくなります。一人で何かに励むよりも、誰かと競い合うことでレベルアップしやすくなります。
目標達成では思い込みが大切
「自分には力がある」と思い込み、背筋を伸ばして自信に満ちたポーズを取るだけでも、やる気が出るテストステロンの分泌量が増えることが実験で明らかになっています。
ですので、プラシーボ効果やその他の心理効果を考えれば、目標達成するためには、いかに「思い込み」が重要なのかがわかります。
目標をかかげた時には、他人に公開することで、サボりにくく、頑張ろうとする心理作用が期待できます。さらに、手本となるメンターと関わることで「能力が伸びる」と思い込みやすく、行動に移すことができます。
やる気に満ちた「思い込み」のマイナス面
ただし、目標達成において気をつけたいのは、やる気に満ちた状態は嘘をついたり、社会規範に反することをしやすい傾向があることです。
多くの人は、嘘をつこうとしたり不正をしようとする時には、事前にストレスを感じます。ストレスを受けたくないからこそ、不正をしないようにします。
ですがある研究で、「力がある」と感じている人は、そうでない人に比べてストレスホルモンが増えないことがわかっています。
ストレスホルモンが増えないって、一見良さそうにも感じますよね。ですがそれは、嘘をついたり金銭を盗むことにストレスを感じにくいということです。
つまり、「力がある」と感じることで罪悪感を抱きにくくなり、脳は大抵のことにGOサインを出してしまうんですね。
別の心理実験でも、社会的立場の高い人ほど、モラルが低い傾向にあることがわかっています。無意識に「オレは力があるんだから、ちょっとくらいの悪いことは許される」と、感じてしまいやすいんですね。
無意識で起こることですから、自信をつけすぎないように気をつけたいところです。
ブランディングで発揮するプラシーボ効果
思い込みが体にも影響を与えるプラシーボ効果は、マーケティングやブランディングでは重要な役割を果たします。
ビジネスでは、いかにブランディングが大切なのかが、この「思い込みの効果」でわかります。
ワインの味は値段で変わる
ワインの味は、ぶどうの質と醸造家の腕によって変わる。このように信じたくても、実際は値段が違うだけで味も違って感じてしまいます。
ある実験では、「90ドル」と「10ドル」の値札が貼られた2種類のワインを試飲してもらいました。実際は、どちらも同じ90ドルのワインです。
ですが評価をしてもらうと、90ドルの値札をつけたワインの方が高い評価を受けたのでした。これは、「値段が高いんだから美味しいに違いない」という思い込みが働いたことが考えられますよね。
単純な思い込みではなく脳が実際に反応する
興味深いのは、ワインを試飲している最中の被験者の脳をfMRIでスキャンした結果です。値段の高い方のワインを飲んでいる時には、愉快な経験と関連づけられている「眼窩前頭皮質」と呼ばれる部位の活性が見られたことです。
値段の高いワインを飲むことで、脳は “実際に満足している” ことがわかったんですね。
ブランド力に勝てないペプシパラドックス
値段の違いだけではなく、ブランドの違いで感じ方が変わる「ペプシパラドックス」と名付けられた効果があります。
1975年に行われたブランドテストでは、名前を伏せた状態でペプシ・コーラとコカ・コーラの試飲をしてもらうと、つねにペプシ・コーラに軍配が上がりました。
ところが、名前を明らかにして試飲をしてもらった場合は、コカ・コーラが好まれるという結果になったのでした。
この理由は、2004年に行われたfMRIを使った実験で明らかになりました。
コカ・コーラを飲んでいる時だけは、眼窩前頭皮質のすぐ近くにある「腹内側前頭前皮質」と呼ばれる脳の一領域が活性化していることがわかったのでした。
ブランドイメージが無意識に作用する
腹内側前頭前皮質は、馴染みのあるブランドの商品を見つめた時に反応する、漠然とした好意を示す場所です。
つまり人間の脳は、味覚や視覚などの一つの経験で好みを判断しているのではなく、ブランドのイメージも含めて “好きだと感じる結果を作り出している” んですね。
「このブランドは素晴らしい」という思い込みのイメージが構築できれば、お客さんから選ばれやすくなることが、脳科学の実験からもわかるようになったんですね。
まとめ
プラシーボ効果とは、思い込みによって実際に結果が変わる心理作用です。『期待』『暗示』『信頼感』によって生まれます。
全ての出来事に対して起こるわけではありませんが、どれだけ信じられるかで影響力が左右されます。
プラシーボ効果は、自身の目標達成に使うことや、他人の意識を変えることにも応用できます。また、プラシーボ効果による思い込みは、商品を選ぶ際にも無意識に表れます。
ブランディングを構築して、消費者にとって好ましいイメージが認知されていれば、たとえライバルに劣っている内容だったとしても、「こっちの方が好き!」と感じてもらいやすくなるんですね。
ぜひ、お客さんにどんなイメージで見てもらいたいかを考えて、ブランディングを進めてください。
参考文献:
「期待」の科学 悪い予感はなぜ当たるのか
プラセボ, プラシーボ Placebo
Open-label placebo treatment in chronic low back pain: a randomized controlled trial
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