金銭などの報酬をもらうことでやる気がなくなってしまう心理作用のことを、心理学ではアンダーマイニング効果と言います。
もしもあなたが、仕事を頑張っている部下を労おうと特別ボーナスを支給したとしたら、部下のやる気を奪ってしまうかもしれません。また、自発的に勉強を始めた子どもを褒めたくてお小遣いをあげたとしたら、勉強をやめてしまうかもしれません。
自分自身に対しても、自分へのご褒美をモチベーションに仕事に励もうとしたら、かえってやる気が出なくなる可能性もあり得ます。
なぜ、報酬はやる気を奪ってしまうのでしょうか?
この記事では、
- アンダーマイニング効果とは何か?
- 人の2つの意欲「外発的動機づけ」と「内発的動機づけ」
- アンダーマイニング効果を防ぐ方法や応用する方法
についてお話しします。
やる気の後押しが裏目に出ないためにも、アンダーマイニング効果を理解して、モチベーションのコントロールに役立ててください。
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アンダーマイニング効果 とは
アンダーマイニング効果(Undermining effect)とは、「コレをやると楽しい!」といった満足感や達成感のためにやる気があったはずなのに、他者からご褒美をもらうことで “ご褒美” が目的に変わってしまい、ご褒美なしではやる気が出なくなってしまう心理現象です。
アンダーマイン(Undermine)には、「土台を壊す」とか「徐々に弱らせる」といった意味があります。
心理学的な言い方をすると、内発的に動機づけられた行為に対して、外発的な動機づけを行うことでモチベーションが低減する現象です。「過正当化効果」「抑制効果」とも言います。
アンダーマイニング効果での「他者からのご褒美(外発的な動機づけ)」とは、金銭など物質的な報酬を指します。
人間の2つの意欲、「外発的動機づけ」と「内発的動機づけ」については後ほど解説します。
アンダーマイニング効果の具体例
例えば、あなたの趣味がイラストを描くことだとしましょう。イラストを描く時間が大好きなあなたは、毎日イラストを描いて楽しんでいます。
ある日、友達から「イラストが得意なら何か描いてくれない?」とお願いをされました。快くイラストを描いてプレゼントしてあげたところ、その友達がSNSにアップしたことで、あなたの噂が広まります。
やがて友達の友達から、「お金を払うからイラストを描いてほしい」と次々にお願いされるようになりました。お金をもらおうとは思っていなかったあなたは、なんだか得した気持ちになります。
目的は充実感かご褒美か?
いつしかお金をもらってイラストを描くことが当たり前になったあなたに、「無料でイラストを描いてほしい」とお願いをする人が現れました。
この時、あなたのやる気はどうなるでしょうか?
イラストを描くことが楽しくて自発的にしていた行為が、いつの間にか報酬なしではやる気がなくなってしまうかもしれないですよね。
これがアンダーマイニング効果です。
もしもあなたのお子さんが、喜んでもらえることが嬉しくてあなたのお手伝いをしてくれたのに、お礼として毎回お小遣いをあげたとしたら、いつしかお小遣いなしではお手伝いをする意味がないように感じてしまうかもしれないということです。
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外発的動機づけと内発的動機づけ|人間が行動を起こす2つの意欲
心理学では、人が何か行動を起こす時には、2つの意欲があると考えられています。
それが「外発的動機づけ」と「内発的動機づけ」です。
人のモチベーションやアンダーマイニング効果を理解するためには、知っておきたい人間の心理です。
外発的動機づけとは受動的なモチベーション
外発的動機づけとは、自分にはない外部から与えられる「受動的」な動機づけです。
他者から褒められたり、報酬を与えられたり、罰則を設けられることでもたらされる動機づけのことで、外部から与えられる目的(物質的な報酬・利益・評価)を達成するためにがんばろうとする意欲のことです。
ご褒美か罰則がモチベーションになるので、「アメとムチによる動機づけ」と呼ばれることもあります。
外発的動機づけの例え
例えば、
- 「ボーナスアップのために営業成績を上げたい!」
- 「罰金はイヤだから遅刻しないようにしたい!」
- 「奥さんに褒められたいからタバコをやめたい!」
という意欲があるとしたら、その意欲は外発的動機づけであると言えます。
内発的動機づけとは能動的なモチベーション
内発的動機づけとは、自分の内側から自発的に起こる「能動的」な動機づけです。
本人の興味や関心からもたらされる動機づけのことで、趣味や仕事など、内容そのものに面白さや充実感を覚えてがんばろうとする意欲のことです。
内発的動機づけの例え
例えば、あなたの趣味が将棋だとして、賞罰に関係なく
- 「毎日でも将棋を指したい!」
- 「詰め将棋を解きたい!」
- 「将棋が強くなりたい!」
という意欲があるとしたら、その意欲は自発的に起こる内発的動機づけであると言えます。
一般的には、内発的動機づけの方が集中力が高く、持続的で、効率よく良い結果を生みやすいと言われています。ただし、この内発的動機づけは、ちょっとしたことで外発的動機づけに変わってしまいます。
内発的動機づけが外発的動機づけに変わり、内発的な意欲が薄れてしまう。これがアンダーマイニング効果です。
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デシ氏のアンダーマイニング効果の実験
アンダーマイニング効果は、心理学者エドワード・L・デシ(Edward L. Deci)氏とマーク・R・レッパー(Mark R. Lepper)氏が、1971年に行なった実験によって判明した現象です。
デシ氏が行なった最初の実験では、大学生を対象に行われました。内発的な意欲に対して、金銭的な報酬がどのように影響するのかを調べた実験です。
大学生を対象にしたソマパズルの実験
被験者である学生には、内発的に「チャレンジしてみたい」と感じるソマパズルが用意されました。ソマパズルとは、実験当時に流行していた立体パズルです。いろいろな形をした7種類のブロックをつなぎ合わせて、犬や飛行機など特定の形を作ることができます。
学生は2つのグループに分けられ、実験は3つのセッションで行われました。
第1セッション
どちらのグループも普通にパズルを解いてもらう
第2セッション
- Aグループ:パズルが解けるたびに1ドルの報酬が与えられることを告げ、約束どおり報酬を与える
- Bグループ:約束もせず、報酬も与えない
第3セッション
どちらのグループも普通にパズルを解いてもらう
そして、どのセッションでもパズルが2問終了した時点で、試験官は口実をつくって8分間部屋を離れました。部屋を離れている間は、実験室にある他のパズルや雑誌に触れても良いと告げられました。
この8分間の間に、どれほどの時間をソマパズルに従事していたかで、内発的な意欲の指標としました。
報酬を与えられると興味が薄れる
実験結果は、何の約束もしていなかったBグループは、ソマパズルに触れる時間に変化はありませんでした。一方の金銭を与えられたAグループは、ソマパズルに触れる時間が少なくなったのでした。
このことから、Aグループの学生はソマパズルを解くことが楽しかったはずなのに、金銭的な報酬を与えられたことで、ソマパズルが報酬を得るための手段にすぎないと感じるようになったことが分かりました。
幼稚園児を対象にしたお絵描きの実験
またこの実験はその後、別の心理学者によって、対象を幼稚園児に変えても行われました。
絵を描くことが好きな園児に実験へ参加してもらい、3つのグループに分けられました。
- Aグループ:「絵が上手に描けたら賞状をあげる」と約束をして、実際に賞状を与える
- Bグループ:賞状をあげる約束はしないが、絵を描き終えた時に賞状を与える
- Cグループ:約束もせず賞状も与えない
この実験から1〜2週間後に、園児たちが絵を描くことがどれくらい内発的に行われているのかを測定しました。
アンダーマイニング効果は「期待させられた物質的報酬」が原因
その結果、B・Cグループの園児たちには内発的な意欲の低下は認められませんでしたが、「絵が上手に描けたら賞状をあげる」と約束されたAグループの園児たちは、内発的な意欲が低下していることがわかったのでした。
この実験から、アンダーマイニング効果を生み出すものは、報酬そのものではなく「期待させられた報酬」であることが明らかになりました。
つまりアンダーマイニング効果は、目の前に人参をぶら下げられた馬のような状態にすることで、自発的なやる気が低減してしまう心理作用なんですね。
逆に言えば、物質的な報酬を期待させなければ、アンダーマイニング効果は起こりにくいということです。この話は後ほど解説します。
なぜアンダーマイニング効果が起こる?
内発的動機づけは、なぜ外発的動機づけに変わってしまうのでしょうか?
心理学者リチャード・ドシャーム(Richard Decharms)氏の『自己原因性』という概念によると、
人は自分で自分の行動を決めていると知覚している時には内発的に動機づけられるが、他者から統制されていると知覚している時には外発的に動機づけられる
としています。
これをアンダーマイニング効果に当てはめてみると、報酬を期待させられて課題に取り組んだ場合は、“他者から統制されている” という知覚を伴うということです。
つまり、人は「他者に行動を決定された」という感覚になることで、元々あったはずの「自分で行動を決定した」という感覚が失われるんですね。
「自己決定感」や「有能感」がやる気を生む
人には、自分の行動は自分で決めたいと望む「自己決定の欲求」や、できないことをできるようになりたいと望む「有能への欲求」があります。
デシ氏は、この「自己決定感」や「有能感」が低くなれば、アンダーマイニング効果が起こるとしています。
物質的な報酬以外には、罰の脅威・締め切りの設定・監視・競争・評価といった要因も、アンダーマイニング効果が起こることが明らかになっています。
“他者から統制されている” と感じると、「自己決定感」や「有能感」が低くなるんですね。
「目的そのもの」か「手段」かでやる気が変わる
また、心理学者アリー・クルグランスキー(Arie W. Kruglanski)氏が提唱した『内生的−外生的帰属説』によると、
行為そのものが「目的」である場合は内生的であり、行為が目的を達成するための「手段」である場合は外生的である
としています。
つまり、“楽しい” と感じてイラストを描くことは、行為そのものが「目的」ですが、報酬を受け取ることが目的になった場合は、イラストを描く行為は「手段」へと変わるんですね。
その結果、報酬がなくなると、目的を達成できない手段は自発的に行わなくなるということです。
若年者ほど影響が大きい
アンダーマイニング効果は、若年者ほど影響が大きいことも特徴です。
特に子供の場合は、自発的な行動に対して過剰な褒め言葉やご褒美をあげると、そればかりに気をとられるようになります。
アンダーマイニング効果を応用した誘導術
アンダーマイニング効果を理解すれば、相手が自発的に行なっている行為をやめさせることに応用できます。
アンダーマイニング効果で有名な逸話を紹介します。ある老人が騒がしい子どもたちを撃退した話です。
ある老人が、隣の空き地で、放課後に子供たちが毎日野球をするので、騒がしくて困っていました。
そこで老人は実に巧妙な計画を思いつきました。ある日、子供たちにこう言いました。
「君たちの野球を見るのがとても楽しくていつも家からみているんだよ、これからここで毎日野球をやってくれたら、100円あげよう」
遊びにきたのにお金がもらえるということで、子供たちはびっくりしましたが、その後一週間、老人は毎日100円をあげました。翌週老人は、
「すまんがお金に余裕がなくなってきてね。これからは毎日50円にするけど、それでいいかね」
といいました。子供たちの一部はしぶしぶでしたが、また翌週も毎日、野球をしにきて50円をもらって帰りました。翌週、老人は
「すまんが、今日からは10円にさせてもらうよ。お金がなくなってきたんだ」
といいました。もともとそこで遊ぶのが目的だった子供たちは、まあしょうがないかと思いその後も野球をしにきました。数日後、老人は
「悪いが、今日からもうお金はないよ、ついにあげるお金がなくなってしまったんだ」
と告げました。すると、子供たちは、怒って文句を言い出しました。
「冗談じゃないよ、ぼくたちがタダで遊んでやるとおもっているの?もうきてやらないよ」
それ以降、子供たちは二度と隣で野球をしなくなりました。
老人は1000円ちょっとで、騒々しい子供たちを追い出すことができたわけです。
この逸話では、子どもたちの “楽しいから空き地で野球をする” という内発的な意欲は、老人からお金をもらうことで、“お金をもらうために空き地で野球をする” という外発的な意欲へとシフトしてしまったんですね。
目で見える『お金』という目的を達成できなくなったことで、空き地で野球をする意味がなくなってしまったということです。
相手のやる気を奪うには
この逸話をそっくり真似すれば、例えば子どもにテレビゲームをやめさせたければ、「あと30分以内にクリアできたらご褒美をあげるよ」などと物質的な報酬を期待させて、数日後にご褒美をなくしてしまえば良いということですね。
また、相手の「自己決定感」や「有能感」を低くして “他者から統制されている” と感じさせられれば、内発的動機をなくしてしまうことができます。
「毎日ゲームをしなさいね」と行動を強制したり、ゲームクリアまでの作業工程やノルマを設けたり、「もっとうまくプレイできないの?」などと内発的な意欲に干渉することでも、やる気を奪えます。
子どもの頃、宿題をしようと思っていた時に、お母さんから「まだ宿題してないの?早くしなさい」と言われたことで、やる気がなくなったのと同じですね。
アンダーマイニング効果が起こらないための対策
アンダーマイニング効果が起こらないように相手のモチベーションを上げたい場合は、「自己決定感」や「有能感」を低くしないようにします。
物質的な報酬は期待させず、“他者から統制されている” と思われないことが大切です。
まず相手のやる気を引き出すには物質的な報酬が有効
やる気がない部下の仕事へのモチベーションを上げたければ、まずは「成績が伸びたら臨時ボーナスを支給するぞ」といった物質的な報酬(外発的動機づけ)が有効です。
同じように、勉強しない子どもに勉強をさせたければ、ご褒美を与えることが有効です。ただし、相手の内発的な意欲が高まってきたなら、暖かく見守ることが大切です。
さらにがんばってほしいからと物質的な報酬を期待させた場合は、アンダーマイニング効果が起こってしまう可能性があるからですね。
さらに相手のやる気を引き出すには言語的な報酬が有効
言語的な報酬(期待や賞賛の言葉)は「自己決定感」や「有能感」を低くしないことが、いろんな研究によって明らかになっています。
ですので、相手に内発的な意欲が出てきて、さらにモチベーションを上げたければ、言語的な報酬を与えると良いですね。
ちなみに、報酬を与える側と与えられる側に十分な信頼関係があれば、物質的な報酬を与えても内発的な意欲は低下しにくいとされています。
アンダーマイニング効果と逆のエンハンシング効果
言語的な報酬(外発的動機づけ)で内発的な意欲が高まることは、エンハンシング効果と言います。
エンハンシング効果は、信頼している人からの期待や賞賛が内発的動機づけを高めることになります。
例えば、あなたが小さかった頃、お母さんの期待に応えたくて何かをがんばったことはありませんか? または学生だった頃、部活の憧れの先輩や大好きな先生に褒められたことで、やる気に火がついたことはありませんか?
このようにエンハンシング効果は、人間関係の信頼性も重要なポイントです。
エンハンシング効果と似ているピグマリオン効果
また、期待の言葉をかければ、相手は期待どおりに向上してくれる可能性があります。この心理作用はピグマリオン効果と言います。
自分自身のモチベーションを維持するには
アンダーマイニング効果を考えると、自分自身のモチベーションを維持するためには、物質的なご褒美はあまり用意しない方が良いことがわかります。
目的が物質的な報酬になってしまうと、がんばろうとする行為は手段に変わってしまい、報酬なしではやる気がなくなってしまうからです。
行為そのものを目的にすることができれば、報酬なしでもモチベーションを維持できるということですね。これは『マズローの欲求5段階説』でいうところの、自己実現欲求の概念です。
目標達成の細かい計画作成は逆効果?
また、目標達成のための細かい計画を作ると、やる気をなくす原因になる可能性があります。
なぜなら、目標達成まで毎日のノルマを設けて、進捗状況を手帳に書き込むなど自己管理をした場合は、「やらされてる感」が出てしまうかもしれないからです。
例えば、「毎朝5時に起きてジョギングを日課にして、3kg痩せよう!」という目標を立てた場合、ジョギングは目的のための手段ですよね。
手段を実行するために自分の行動を管理しようとすると、“本来はやりたくないことを管理する” ということが「自己決定感」の低下につながります。また、“寝坊してジョギングできなかった” という場合は、「有能感」の低下につながります。
ですので、外発的動機づけを維持するために自己管理をする場合は、ゆるい計画にすることがポイントになります。
マーケティングとブランディングでのモチベーションの違い
アンダーマイニング効果をマーケティングやブランディングに当てはめてみると、プロモーションをする際には、お客さんのレベルに合わせて異なる対策を設けることが大切だとわかります。
例えば、まだあなたの存在をあまり知らないような段階のお客さんへは、物質的なプレゼントを用意することで、キャンペーンなどに参加してくれやすくなります。
ただし、あなたのファンになってくれた常連のお客さんに何かイベントへ参加してほしい時には、物質的なプレゼントはほどほどにしておくことが大切です。
なぜなら、物質的なプレゼントをあげすぎると、ファンは買収された気持ちになってしまうからです。
例えば、大好きな人を手伝おうとしたのに「お礼に報酬をあげる」と言われたら、「そんなつもりじゃなかったのに・・・」と、なんだか悲しい気持ちになってしまいますよね。
ですので、ファンになってくれた人へ感謝の気持ちを表すなら、言葉や感謝状にして表した方が良いんですね。
まとめ
アンダーマイニング効果とは、自らやる気がある状態の人に物質的な報酬を与えることで、やがて報酬目当てにがんばるようになり、報酬がなくなればやる気も失われてしまう心理作用のことです。
物質的な報酬は、やる気のない人をやる気にさせるためには有効ですが、やる気のある人をさらにやる気にさせようとすると逆効果になる可能性があります。
やる気のある人へは、見守るか、言語的な報酬を与えることが大切です。そのためには、内発的動機づけなのかどうかを見極めることが重要ですね。
参考図書
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