新たに商品・サービスを立ち上げてマーケティング活動を行っていても、「ある時期から商品の売れ行きが悪くなった・・・」ということが起こる場合があります。
それは、キャズム理論でいう「深い溝」に入ったのかもしれません。
キャズム理論は簡単に言うと、「ハイテク業界では、流行を早く取り入れる層と、流行を遅く取り入れる層とでは価値観が大きく違う」というマーケティング理論です。
あなたが扱う商品・サービスが、ライフスタイルを大きく変えるような革新的なモノの場合は、キャズム理論を知っておくことで「売れなくなる原因」がわかり、正しいマーケティングができるようになります。
イノベーター理論のおさらいと、キャズムを超える方法について解説します。
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キャズム理論を理解するためのイノベーター理論のおさらい
キャズム理論を理解するためには、イノベーター理論を知っておく必要があります。ここでは簡単に、イノベーター理論の大切なポイントをおさらいします。
社会学者のエベレット・M・ロジャーズ氏が提唱したイノベーター理論では、新しい商品(ライフスタイル)を採用していく順に、消費者を次の5つのグループに分類しました。
- イノベーター(革新者)
- アーリーアダプター(初期採用者)
- アーリーマジョリティ(前期追随者)
- レイトマジョリティ(後期追随者)
- ラガード(遅滞者)
イノベーター理論では、新商品や新サービスが市場全体に浸透するには、アーリーアダプターにまで浸透すれば急激に市場に普及していくとしています。
アーリーアダプターは世間一般の考え方に近いので、彼らに新商品が受け入れられれば、次のグループであるアーリーマジョリティに浸透していく、という考え方です。
そのためイノベーター理論では、マーケティングを考える際には、アーリーアダプターの存在が一番重要視されます。これを「普及率16%の論理」と言います。
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キャズム理論とは
キャズム理論とは、ハイテク業界が新技術を世の中に浸透させる際には、市場は2つの層に分けられて、2つの層には簡単には超えられない深い溝(Chasm:キャズム)が生じることを提唱した理論です。
2つの層は、イノベーター理論に出てきた「普及率16%」を境に分けられます。
繰り返しになりますが、「最新テクノロジーを使うような商品は、いち早く手に入れたがる層と、流行が浸透してから手に入れたがる層とでは、商品を欲しがる理由が全く違う」というマーケティング理論です。
このキャズム理論は、アメリカのマーケティング・コンサルタントであるジェフリー・A・ムーア(Geoffrey A. Moore)氏が1991年に刊行した著書『Crossing the Chasm(邦訳『キャズム』)』によって提唱されました。
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キャズム理論の初期市場とメインストリーム市場
キャズム理論での深い溝(Chasm:キャズム)で分かれる2つの層とは、次のとおりです。
- 初期市場(少数の革新者層):イノベーターとアーリーアダプターで構成
- メインストリーム市場(一般層):アーリーマジョリティとレイトマジョリティで構成
キャズムが生まれるハイテク業界とは、コンピューター・バイオテクノロジー・ロケットなどの高度な技術や、先端的な技術を中心にした先端産業のことを指します。現在の一般人が手にする機会があるハイテク業界とは、おもにコンピューター業界のことです。
例えば、テレビゲーム・パソコン・スマートフォン・コンピューターソフト・アプリケーションサービスなどです。
今後はインターネットとつながった冷蔵庫・電子レンジ・掃除機といった、日常生活に必要なIoT(Internet of Tings)家電もますます増えていくことが予想できます。
また、コンピューター業界ではなくても、ライフスタイルを大きく変えるような革新的な商品・サービスも、キャズム理論を適用できます。
なぜキャズム(深い溝)が生まれる?
キャズムが生まれる理由は、2つの層の価値観の違いです。
初期市場は “新しさ” が好き
キャズム理論によると、ハイテク市場において、アーリーアダプター(イノベーターを含む初期市場)が新しい商品を購入する理由は 「新しさ」です。
商品がもたらす便利なメリットについても着目しますが、まだ誰も使っていない新しいモノだからこそ、他の多くの人よりも一歩進んでいることに価値を感じて購入します。
メインストリーム市場は "安心感" が好き
一方のアーリーマジョリティ(レイトマジョリティを含むメインストリーム市場)が、ハイテク市場での新しい商品を購入する理由は「安心感」です。大勢の人が使っているという安心感があって、時代に取り残されたくない思いから購入を決定します。
この2つの層では、購入にあたっての価値観が全く異なります。そのため、2つの層にはキャズムが生まれるとしています。
イノベーター理論での『普及率16%の理論』は、ムーア氏に言わせると「たった16%の層が購入したくらいでは、確実性を求めるメインストリーム市場にとっては安心材料にはならない」ということなんですね。
このためキャズムを超えるには、アーリーアダプターへの普及を考えるだけではなく、アーリーマジョリティへのマーケティングが重要だと説いています。
なぜハイテク市場でキャズムが生まれる?
ではなぜ、ハイテク市場ではキャズムが生まれるのでしょうか?
それは、ハイテク業界の新技術は、今までのライフスタイルを一変させる「大きな力」があることが関係しています。
例えば、スマートフォンの登場は、携帯電話の機能の他に、手軽にインターネットができるようになりました。当時のインターネットと言えば、自宅のパソコンで行うことが普通でした。
それが今や、調べものはいつでもどこでも、スマートフォンでできる生活へと変わりました。
またFacebookの登場は、 偽名(ハンドルネーム)が当たり前だったインターネットの世界に、本名でのやり取りという新しい概念が生まれました。
SNSの登場によって、友人との付き合い方にも変化が生まれましたよね。
キャズムの正体は「大きな力」への不安
人は未知なモノには無意識に不安を抱きます。特に、自分の価値観が変わるかもしれないような「大きな力」は、普通の人にとっては恐怖でしかありません。
例えば、100年以上昔にさかのぼれば、当時のハイテクだった『カメラ』という新しい技術は、「魂を吸われる」という疑いを持たれ、多くの日本人は写真に撮られることを嫌がったと言います。
今となってはあり得ないような感覚ですが、当時の人にとっては『カメラ』という新しいモノの存在は、恐怖だったということですね。
新しい価値観を受け入れられないのは普通の感覚
多くの人は、「新しい価値観をなかなか受け入れられない」という普通の感覚を持っています。たとえそれが便利なものであってもです。
いま現在にしたって、インターネットという媒体は、あまり馴染みのない人にとっては恐怖の対象ではないでしょうか?
「ウイルス」「データの流出」「ワンクリック詐欺」などがありますので、いくら便利でもインターネットでの買い物を躊躇する人もいますよね。
そのため、ライフスタイルを一変させるような「大きな力」を持つハイテク市場では、新しいモノを積極的に取り入れる少数の革新者層と、普通の感覚を持つ一般層とでキャズムが生まれやすくなるんですね。
キャズムを超えるには
キャズムが生まれる理由がわかれば、キャズムの壁を乗り越えるヒントが見えてきます。それは、初期市場とメインストリーム市場を分けてマーケティングを考えることです。
初期市場の攻略法
初期市場での攻略法は、何と言っても「最先端」や「新技術」に訴えることです。一部の人に訴えるつもりで業界紙で宣伝したり、インフルエンサーへ向けてアピールします。
“トガっていること” がひとつの魅力になります。
メインストリーム市場の攻略法
メインストリーム市場では、アピールポイントを「使いやすさ」や「安心感」に変えるようにします。
生活を一変させることを訴える大胆なキャッチコピーは使わず、生活に溶け込んでいる身近なものに例えて、ほんの少し便利になることをアピールします。
“トガっていないこと” がひとつの魅力になります。
安心感に訴えるためには、多くの人がすでに利用していることに訴え、社会的証明をします。多くの人が読むような一般誌での宣伝や、口コミレビューの紹介などです。
つまりキャズムを超えるためには、顧客層をもう一度見つめ直すことが大切なんですね。キャズムを超えた先には、すでに競合他社が競い合っている商品・サービスがあるからです。
ライバルが変わった結果、商品・サービスの仕様やバリエーションは少し変える必要があるかもしれないということです。
キャズム理論を学べる本
2014年に刊行されたムーア氏の著書『キャズム2』では、1991年に刊行された『キャズム』で登場したハイテク市場の成功事例が刷新され、今の時代にマッチした解説がされています。
解説されている事例は海外のものですので、日本人には直感的にわかりづらいかもしれません。ですが、ターゲットの定め方や取るべき戦略、陥りやすい失敗例などを詳しく学ぶことができます。
ハイテク業界に限らず、マーケティングに関わる人には必読の一冊です。
まとめ
キャズム理論とは、ハイテク業界において流行を積極的に取り入れる初期市場では「新しさ」を求め、流行を消極的に取り入れるメインストリーム市場では「安心感」を求めるので、2つの層は価値観が全く違うことを提唱した理論です。
キャズムを乗り越えて商品を市場に浸透させるためには、「【イノベーター理論】市場に普及させる5つのマーケティング戦略」の記事に書いたとおり、それぞれの層の価値観に合わせたマーケティング戦略が必要です。
キャズム理論は、ライフスタイルを変えるようなハイテク市場や、全く新しい分野の商品について当てはまります。反対に、成熟した市場には該当しません。
そのため、成熟した市場の新しい商品が売れないのは「キャズムのせいだ!」と思っても、それは単純に商品に魅力がないだけかもしれません。
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