賞賛の言葉をかけることで相手に自発的なやる気が出る心理現象を、心理学ではエンハンシング効果と言います。
エンハンシング効果が働けば、褒めた相手は難しいことにチャレンジするようになり、なかなかあきらめないようになり、向上心が芽生え、成績が結果に現れるようになります。
褒める時は、相手の「能力」を褒めるのではなく「行動(努力)」を褒めることがポイントです。
なぜ「能力」でなはく「行動」でモチベーションが上がるのか?
エンハンシング効果の使い方を知って、部下の仕事能力や、子どもの学習意欲を高めることに役立ててください。
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やる気を出すエンハンシング効果とは
エンハンシング効果(Enhancing effect)とは、あまりやる気がなかった事柄に対して、「よくがんばったね!」といった賞賛の言葉をかけることで、褒めた相手にやる気が出てくる心理現象のことを言います。「賞賛効果」とも呼ばれます。
エンハンス(Enhance)には、「高める、強化する、さらによくする、増進する」といった意味があります。
心理学的な言い方をすると、外発的動機づけによって内発的動機づけを高める心理現象のことです。
外発的動機づけと内発的動機づけとは
外発的動機づけとは、自分にはない外部から与えられる刺激(金銭的な報酬や罰則、応援・賞賛の言葉)でやる気が出ることです。
エンハンシング効果での外発的動機づけとは、言語的な報酬を指します。
内発的動機づけとは、興味や関心を持っている事柄について達成感や充実感を味わうために、自分の内側から沸き起こる自発的なやる気のことです。
エンハンシング効果とは逆のアンダーマイニング効果
エンハンシング効果とは反対に、自発的にやる気があった人に物質的な報酬を与えることでやる気がなくなってしまう心理現象は、アンダーマイニング効果と言います。
エンハンシング効果と合わせて知っておくと、人のモチベーションや行動心理が理解しやすくなります。
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エンハンシング効果の実験
エンハンシング効果は、アメリカの発達心理学者エリザベス・B・ハーロック氏が1925年に行なった実験によって証明されました。
賞賛や叱責が、児童の学習成果にどのような影響を与えるのかを調べた実験です。
被験者である小学生(平均9〜11歳)を3つのグループに分けて、全員同じ教室内で算数のテストを5日間行いました。出す問題やテスト時間などの条件は全て同じですが、前日の答案を返す時の先生の態度だけを次のように変えました。
- Aグループ:どんな点数でも、できていた部分を褒める
- Bグループ:どんな点数でも、できていない部分を叱る
- Cグループ:どんな点数でも、何も言わない
褒められたAグループは成績が71%も上昇
この結果、褒められたAグループの生徒は日を追うごとに成績が向上し、最終日には約71%も成績が上昇しました。
一方、叱られたBグループの生徒は2日目には約20%も成績が上昇したものの、その後は成績が次第に低下する傾向がありました。
何も言わなかったCグループの生徒も2日目には約5%の成績が上昇したものの、その後はほとんど変化が認められませんでした。
この実験結果から、褒め言葉や激励は学習を促進する効果があることがわかったのでした。また叱責の場合は、はじめは効果があるものの持続性は低いこともわかりました。
なぜ褒め言葉は、やる気を上げる効果があるのでしょうか?
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やる気の正体はドーパミン
「やる気」とは行動を起こそうとする気持ちのことですが、この「やる気」は、報酬系と呼ばれる神経伝達物質の『ドーパミン』が深く関係しています。
ドーパミンは、快楽を期待した段階で分泌されます。
好きなことをしたり褒められたりして、「楽しい!」「嬉しい!」「気持ちいい!」といった快楽の感情が生まれる時には、すでにドーパミンが分泌されているということです。
ドーパミンによって得られた感情は、一ヶ月ほど記憶を蓄える『海馬』という場所で整理されて大脳皮質に長期記憶されます。この記憶から「また楽しくなりたい!」「また気持ちよくなりたい!」という欲求が生まれれば、欲求を満たすために頑張ろうとします。
これが「やる気」の正体です。
ドーパミンは快楽を得ている時に多く分泌され、ストレスを受けると分泌が低下する特徴があります。ですので、嬉しくさせたり心地良くさせる褒め言葉は、やる気を上げる効果があるんですね。
そしてドーパミンは、快楽だけではなく、強いストレスを突発的に受けた時にも瞬間的に分泌されることがわかっています。つまりドーパミンとは、目的達成や危険回避のために行動を起こす役割があるんですね。
線条体が自発的なやる気をつくる
“良いことをしたら褒める” を繰り返すと、やがて「良いことをしようかな」と考えるだけで、行動を起こそうという気持ちになります。
これは、運動に関わる大脳基底核にある『線条体』という部位が関係しています。
線条体は、人の無意識的な運動のコントロールや、運動開始のタイミングに関わっています。そして線条体の前側には、ドーパミンを強く感じる『側坐核(そくざかく)』という部位があります。
つまり線条体とは、「運動の開始」と「快感」をマッチングさせる場所なんですね。ですので、快楽を予感しただけで行動を始めるようになり、行動を始めることでも快楽を感じるようになります。
ただし、褒め方の違いでやる気が出るかどうかは変わります。これを知っておかないと、エンハンシング効果はうまく働きません。
褒め方の違いでエンハンシング効果は変わる
エンハンシング効果を使って相手の向上心を上げたいのであれば、相手の「行動(努力)」を褒めることが大切です。
スタンフォード大学の心理学者キャロル・S・ドゥエック(Carol S. Dweck)氏は、小学5年生400人あまりを対象に、褒め方の違いが向上心にどのような影響を与えるのかを実験しています。
図形パズルの実験
子ども達には比較的簡単な図形パズル問題(IQテスト)を解いてもらい、テスト終了後には子ども達を2つのグループに分けて、点数についてそれぞれ違う褒め方をしました。
- Aグループ:才能や頭の良さを褒める
- Bグループ:努力や行動を褒める
次に、子ども達には2種類のパズルを与えて、好きな方を選ばせました。「ちょっと難しいけど勉強になるパズル」と「最初の問題と同じ程度の簡単なパズル」です。
努力を褒められると難しいチャレンジをする
この結果、頭の良さを褒められたAグループの子どものほとんどは、楽にできる簡単なパズルを選びました。一方で、努力を褒められたBグループの子どものほとんどは、難しいパズルにチャレンジしたのでした。
ドゥエック氏によると、努力を褒められた子どもは、さらに努力を褒められようとするのに対して、頭の良さを褒められた子どもは、さらに頭の良さを褒められようと間違うことを恐れるようになると考察しています。
「頭がいいね!」「やればできる才能を持っているんだね!」といった褒め方は、相手のチャレンジ精神を奪ってしまう可能性があるんですね。
努力を褒められると粘り強くなる
この実験後、さらに子ども達にはすごく難しいパズルを与えました。
すると、頭の良さを褒められたAグループの子ども達はあきらめるのが早く、努力を褒められたBグループの子ども達は、なかなかあきらめずに熱心に取り組んだのでした。
さらに、テストを受けた後、他の子ども達のテスト結果を見る機会を与えました。
すると、頭の良さを褒められたAグループの子ども達は、自分よりも成績の悪かった子どもの答案を見る傾向があり、努力を褒められたBグループの子ども達は、自分よりも成績の良かった子どもの答案を見る傾向があったのでした。
努力を褒められると成績が伸びる
最後にもう一度、最初の図形パズルと同じくらいの難易度の図形パズル問題を実施しました。
テスト結果は、努力を褒められたBグループの子ども達の成績は30%ほど伸びたのに対して、頭の良さを褒められたAグループの子ども達の成績は20%ほど低下したのでした。
この実験結果からわかるとおり、同じ褒めるのであれば、課題に取り組んだ姿勢や努力を褒めた方が、その後の向上心につながるんですね。
成績を褒められるとプライドが高くなるだけ?
逆に頭の良さを褒め続けると、プライドが高くなるだけの可能性があります。
優越感を味わいたいために、自分よりもできない人間を見下してプライドを保とうとする人間になるかもしれないんですね。
これは自己肯定感の低下や、承認欲求が強くなる原因になり得ます。
やる気を出させるエンハンシング効果のポイント
自発的にやる気を引き出すためには、アンダーマイニング効果の記事でも触れていますが、相手の「自己決定感」と「有能感」を高めることがポイントです。
「自分で行動を決めたい」という気持ちと、「できないことをできるようになりたい」という気持ちを高めれば、自発的なやる気を引き出せます。
「結果」だけが目的ではなく、「行動すること」が目的になるようにすることが大切なんですね。
関係性も重要ポイント
またエンハンシング効果は、信頼している人からの賞賛が内発的動機づけを高めることになります。
例えば、あなたがオシャレ大好きだとして、全くオシャレに興味のない人から「あなたの今日の服、オシャレだね!」と褒められるのと、あなたがオシャレの参考にしている人から「今日の服、オシャレだね!」と褒められるのとでは、どちらが嬉しいでしょうか?
同じ褒められるなら、自分が尊敬している人や信頼している人から褒められた方が嬉しいですよね。
このように、関係性も重要なポイントです。
エンハンシング効果の注意点
「なるほど。エンハンシング効果を生むには、ひたすら行動を褒めまくればいいんだな・・・」と思って、毎回褒めた場合は、褒めの効果は落ちてしまう可能性があります。
例えば、お寿司が大好きな人に毎日毎日お寿司をごちそうしたのでは、次第にお寿司のおいしさに慣れて、ありがたみがなくなってしまうのと同じです。
ドーパミン神経の活動を高めるには、50〜75%の確率でランダムに報酬を与えることが良いとされています。ランダムに報酬を与えることは「間欠強化」と言います。
つまり、報酬がもらえるかどうかわからない状態が、もっとも報酬の効果が高いということです。ギャンブラーがギャンブルにハマるのも、この「間欠強化」があるからですね。
ですので、一度やる気に火がついた相手にエンハンシング効果を使うなら、褒めたり褒めなかったりがいいんですね。
まとめ
エンハンシング効果とは、言語的な報酬で内発的な意欲が高まる心理作用です。
言語的は報酬は、「能力」ではなく「行動(努力)」を褒めることが重要です。
「95点も取れるなんて、頭いいね!」ではなく、「95点も取れるなんて、よく頑張ったね!」という褒め方の方がやる気が出るということですね。
「行動」を褒めることで、褒められた相手は難しいことにチャレンジするようになり、なかなかあきらめないようになり、向上心が芽生え、成績が結果に現れるようになります。
一度やる気に火がついた相手を褒める時は、毎回褒めるのではなく、褒めたり褒めなかったりでドーパミン神経の活動が高まります。部下や子どもを褒めてやる気を引き出す際には、これらに気をつけてみてください。
また、褒める行為とは、相手の承認欲求を満たす行為でもあります。3つの承認レベルと3種類のメッセージを知っておくと、最大の褒め効果が得られます。
Next⇒「褒めるコツ|相手の承認欲求を満たす3種類の承認レベルとメッセージ」
参考文献:
脳科学が教えてくれた 覚えられる 忘れない!記憶術
科学の力で怠惰を克服。ドーパミンを増やしてやる気を出す方法
報酬系② 報酬系におけるドーパミンの特徴とは??
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